幾つかの出逢いと別れ、そして・・・今、君に出逢った
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2006-10-14 Sat 16:31
抱きたい

そう想う

可笑しい事なのか。

抱きたい=セックスじゃない。

抱きたい=抱きしめたい
そして隷華の中での抱きたいには
鞭を打つ事
蝋燭で飾る事
針で飾る事
縄をその身体に掛ける事
そうSMと言われる行為も・・・

江原啓之さんの著書にセックスに関する記述を見つけた。

『二人の絆を再確認する大切な行為』

『精神的な快楽に目覚めて下さい。
二人で心を通わせあう喜び、いたわりあう安らぎに気づいて下さい。』

『体の結びつきも大切なのです。』

かなりのページ数を割いてセックスに触れていた中からの抜粋だけれど
ノーマルと呼ばれる男女に関しての記述だったけれど、
SadistとMasochistの二人にもそれは通じるものが有るんじゃないかと
何度も読み返して考えた。

身体を1つに合わせる事は私達には無いけれど、
その想い、表現方法は
そうSMの行為。
ただそれがしたいからでは無くて
ただ欲求を満足したい為では無くて
愛おしいと思えるからこそ「抱きたい」と想う。
好きだからこそ「抱きたい」と想う。
今より、もっと大好きって想いたいから「抱きたい」

行為だけが欲しいなら誰でもいいよね。
虐めたいだけなら、悪戯したいだけなら誰でもいいんだよね。
嗜好が似てればいいんだよね。
ううん似て無くても従わせちゃえばいいんだものね。

いつもSMの関係を考える時に思う。
ひとそれぞれって。
だからどんな風にSMを捉えていても
みんな間違いとか正解とか定義とか無いよなぁって。
隷華はこんな考え、気持ちで来たって事だけで、
それを誰かに押し付けようとなんて思った事も無い。

惹かれ合って想いが似てるならそれが一番良い関係だよね。
SMやセックスに似てる感情を持っている。
それがとても大切なんだって想う。

江原さんの最後の言葉がとても心に響いた。


『体と心は二本の柱。どちらが欠けても、素敵な愛を築いていくことは出来ません。』

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